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柔道(じゅうどう)は明治15年に、嘉納治五郎が創始した武道です。正式名称は「日本伝講道館柔道」といいます。「精力善用」「自他共栄」を基本理念とし、「柔よく剛を制す」を真髄と
します。単なる勝利至上主義ではなく、精神鍛錬を目的としていています。講道館は、明治15(1882)年嘉納治五郎(かのう じごろう)師範によって、創設されました。
嘉納師範は、一般に言いならわされていた柔術を柔道として 単に技を修得するだけでなく、天下の大道を学ぶものとし、 その教育場を「講道館」と呼
びました。講道という語には、 道を学び、明らかにし、実践するという意味があり、 講道館柔道と名付けて柔道の本質を明らかにしているところに、嘉納師範が、いかに道を重んじ、その修行を一生の大事 としていたかを知ることができます。嘉納師範は、柔道修行 の目的は、攻撃・防御の練習によって身体を鍛練して強健 にし、精神の修養につとめて人格の完成をはかり、 社会に貢献することであると示されています。
柔道の母胎は柔術でした。柔術とは、武器を持たない、または武器を持つ相手に対し、攻撃し、またはそれから自分を防御する術だったといえます。師範は、学業に優れていましたが、病弱でひ弱だったため、いじめられることもあり、強くなりたいと柔術を学び始めました。そして柔術各流派の優れたところを集め、危険なところを除き、工夫と研究を加えて、全く新しい「講道館柔道」を創始したのです。嘉納師範は道修行の目標は、あくまで教育であり、柔道を3つに分けていました。
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第一は、勝負法としての柔道
厳密な力学の法則の上にたって、科学的に行われた。力学の法則に反する強引な技をいさめられた。
第二は、体育法としての柔道
危険な技を避け、攻撃・防御の練習によって身体を鍛錬して強健にしました。
第三は、修身法としての柔道
礼儀など精神の修養につとめ、人格の完成をはかり、社会に貢献することであると示されています。
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嘉納 治五郎(1860〜1938) かのう じごろう
教育家。講道館柔道の創設者。兵庫県武庫郡御影町(現、神戸市東灘区御影)に生まれる。生来病弱でひ弱であったため、明治10(1877)年天神真揚流柔術(固技中心)に入門、次年起倒流(投技中心)も学ぶ。得意技は浮腰。東京大学卒業後、学習院に入る。東京下谷の永昌寺に、「自他共栄」「精力善用」のもと講道館柔道を創設する。知育(英語塾の弘文館)・徳育(寄宿舎の嘉納塾)・体育(講道館)の三育兼備を目標とする。1911年初代日本体育協会会長、オリンピック委員となる。昭和13年カイロの国際オリンピック会議に出席し、東京大会誘致(戦争によって未開催)に成功するが、帰国途中氷川丸にて病没する。
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