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仙石常雄先生は、関東管区警察学校柔道師範、並びに警察大学校柔道師範を経て警視庁(柔道師範)を定年退職後、警察庁からの要請によりインドネシアの「市民警察活動促進プロジェクト」のJICA専門家として2年間のジャカルタ・ブカシ署での公務を終えた後、2007年6月、退職金をはたいて30年来の夢であった道場開きをインドネシアバリ島にて実現させました。

仙石先生が、ここバリ島に道場を建てインドネシアから世界へ向けて柔道を通して子供たちの育成を行っていく・・・・、この活動は、仙石先生が柔道指導のために、30年前に始めて訪れた外国、「インドネシア」に訪れた時から持ち続けていた夢です。
先生は、30年前、インドネシアを後にしたあと現在まで40カ国以上の国に訪れ、柔道の指導を行い、英語や日本語が通じなくとも、柔道を通して各国の柔道家の皆さんと強い絆を作ることができました。

仙石先生は、そんな世界中の柔道家との交流の中で、日本で生まれた「柔道」と言う共通のスポーツが、国境を越え、宗教を超え、人種、言葉を超えて、人と人を深く結びつけるものであると身を持って確信したのです。

そして、先生は、先生自らの体験を、そして平和のスポーツ「柔道」を、これからの世の中の担う子供たちのために伝えなければならないと考えました。
今、私たちが暮らしている同じ地球には、インドネシアのように開発途上国と呼ばれている国々がたくさんあります。
開発途上国とは、経済や産業、技術などの発展が比較的進んでいない国々のことを言い、これらの国々では人口の増加、貧困、保健医療や教育などの多くの問題を抱え、そんな国々の子供たちは、勉強やスポーツがしたくても家庭の経済的事情で参加できない、道具がない、施設がない、などであきらめなければならないという現状があります。

実は、日本も昔、開発途上国と呼ばれている時代がありました。そして、その貧しい時代、日本は、たくさんの国から援助を受けました。今、平和で豊かな日本があるのはそんな過去の厳しい時代を乗り越えたからなのです。

豊かになった日本は、今度は自分たちが他の国を助ける番ではないのだろうか?そして、人と人とを結びつける平和のスポーツ「柔道」で「世界と手をつなぎ」、これからの未来を担う子供たちに世界へ目を向けるきっかけを提供し、そして互いの国を知り、理解しあい、思いやること・・・・、それがこれからの私たちの未来に必要である・・・そう仙石先生は考え、世界の未来を担うと青少年たちのために捧げる第2の人生を歩んでいくことを選びました。

仙石先生は、
「開発途上国の青少年のために、なにかしたい・・・・と思っている人はたくさんいるはずなんです。日本の皆さんは、ただ、その援助の方法を知らないだけなんです。私は、そんな風に「何かしたい」と思っている日本のみなさんへ、「開発途上国の彼らのためにできることが何か?」を伝え、日本の皆さんと開発途上国インドネシアの青少年の橋渡しとなって活動していきたいんです。」と語ります。
日本と開発途上国インドネシアの橋渡しとなって活動・・・・・。
しかし、そう一口に言っても仙石先生が抱える問題は山積みです。
何十万円もかかる中古柔道着や畳のインドネシアへの輸送費の捻出、
現地の子供たちを対象にした無料柔道教室や日本語教室、そして道場の施設維持費。現実はまだまだ大変厳しい状況です。


しかし、仙石先生は、前にむかって進んで行きます。
先生は、将来的に日本の子供たちとインドネシアの子供たちとの間の「柔道の交流」や「文化の交流」、「ホームスティ交流」などの実現も目標にしています。
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